ドラえもんだけじゃない!意外と知らない、藤子・F・不二雄作品でかわいいキャラクターランキングTOP5
藤子・F・不二雄はドラえもんだけじゃない!
(藤子・F・不二雄キャラクターズ 大集合!SFドタバタパーティー!!|バンダイナムコゲームス公式サイト
けっこういっぱい藤子・F・不二雄キャラが出てくる。ゲームとして面白いかはわからない。)
藤子・F・不二雄先生といえば、やっぱり『ドラえもん』。
人によっては『キテレツ大百科』の方が好きという方もいるかもしれませんが、ドラえもんもコロ助もかわいいですよね。
でも、藤子・F・不二雄先生はそれだけじゃないんです!
実は、ドラマ『スーパーサラリーマン左江内氏』の原作も藤子・F・不二雄先生です。
他にも短編から長編まで、かなりの作品を出してます。
ということで、そんな藤子・F・不二雄先生の作品の魅力を知ってもらうためにも、
藤子・F・不二雄作品の「かわいいキャラクター」をランキングにしてみました。
選考基準は、僕の独断と偏見です。
有名な「ドラえもん」と「キテレツ大百科」のキャラクターは除いてます。
他にも、
今回は惜しくも書くのを見送ったキャラクターがたくさんいるのでご了承ください。
映画『SNOWDEN(スノーデン)』の前に見ておきたい、もう一つの彼の映画『シチズン・フォー スノーデンの暴露』
エドワード・スノーデンという人物
エドワード・スノーデンは、
軍や会社を転々としつ、アメリカ国家安全保障局(NSA)・中央情報局 (CIA) に技術者として携わっていました。
彼は、NSA局員として情報収集活動に関わっている時に
アメリカ政府の個人監視などの自由侵害行為に直面、強く反感を覚えます。
そして、2013年に
アメリカ国家安全保障局 (NSA) による個人情報収集の手口と、その実態を告発、
メディアの取材に答える形で全世界に公開しました。
彼の映画「スノーデン」が1/27日本公開
ルーク・ハーディングの『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実(英語版)』、
アナトリー・クチェレナの『Time of the Octopus』
を原作に、
エドワード・スノーデン氏が起こした一連の事件から亡命までを詳細に描いた映画『スノーデン』が、
日本では、2017年1月27日に公開されます。
この映画を見る前に
実はもう一つ、
『スノーデン』よりも前に、彼について描いた映画があるんです。
『スノーデン』という映画が気になっている人、
もしくは彼について興味を持っている方は、
ぜひこちらの映画から先に見てほしいと思います。
『ファイアパンチ』のあらすじ読んだけど、こいつら"首を切断"しすぎじゃない?【祝福者の「再生」を考察】
皆さん『ファイアパンチ』という漫画をご存知でしょうか?
このマンガがすごい!のオトコ編にも選ばれてて、今ノリに乗ってる漫画です。
1話がなかなか衝撃的で話題になりましたよね。
僕もその1話と後の数話だけ読んで、その後読むのをやめてしまったんですが、
最近ふと気になってあらすじを見た後、
また読み直したら気になることがありまして、
…こいつら首切断しすぎじゃない?
読んだことがない方からしたら、
えぇ、どういうこと…って感じだと思いますが、ちょっと聞いてください。
TeddyLoid・Steve Aoki・tofubeatsを、新3大「リミックスで名前はよく見るけど何者?なDJ」に認定します
バンドやアイドルなどのシングルって、
実質2、3曲なのに大体5、6曲入っていますよね。
表題曲とカップリング以外で、
よく入っているのが「~instrumental ver」や「~○○remix」といったものです。
しかし、この「リミックス」。
曲数稼ぎかと思って聴いてみると、意外とカッコいいものです。
気になるのはその曲をリミックスした人。
あれ、この名前何度か見たことあるな。という人、何人かいるのではないでしょうか。
そんな、「リミックスで名前はよく見るけど何者かはよく知らない」人について調べてみました。
ここから先は、よろしければ
こちらの曲をBGMに
www.youtube.com
ナレーションはナイツ塙さんの声で脳内再生してお楽しみください。
続きを読むRADWIMPSは変わったとか言うけど、野田洋次郎は恋愛ウ○コ陶芸まだ続けてるよ?
RADWIMPSってどんなイメージ?
今や「前前前世」の人みたいになってますが、
RADWIMPSってどんなイメージのバンドですか?
何を言いたいかというと、まだまだ若いバンドとは言え、
メジャー1枚目のアルバム(『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』2006年発売)をリリースしてから、
もう10年も経ってるわけで、それだけ経てばそりゃバンドも変わるわけですよ。
バンドは初めて曲を聴いた時のイメージが強く残るものです。
すると10年以上もこんなに売れ続けてると、人によって抱くイメージも変わってくるのではないでしょうか。
僕は、7・8年くらい前の中学生の頃に初めてRADWIMPSを聴いたんですが、
その時の衝撃が今も根強く残ってます。
僕の中で、ラッドの曲のイメージは、
恋愛から産み落とされた芸術的なウ○コ
です。
あれ、でも今はなんか違う?
でも、最近の曲を聞くとそんな感じしませんね。
「前前前世」どころか、もう少し前からあんまり恋愛排泄物感がしない。
なんとなく昔と違う感じはしますが、
果たして、RADWIMPSは本当に変わってしまったんでしょうか?
曲も小説も書けないなら、ブログを書けばいいじゃない【思考の言語化と発信のすすめ】
今、言いたいこと全部言えてますか?
口に出したい、形にしたいのに、
伝える方法も相手もわからず、しまいこんでいることはありませんか?
何か言いたいことがあるなら、
わざわざ難しい方法も、特定の相手も選ぶ必要はありません。
思考を形にしましょう。その方法を教えます。
思考は"半"言語だ
何も考えてない人なんて、この世にいません。
誰でも何かしら考えていきています。
ただし、思考が言語化されている度合いに個人差がある。
思考というのは、
なんとなく話せるようだけど、明確な形にはなっていない、
いわば「"半"言語」のようなものです。
その半言語である思考が、どれだけ言語に近い状態で扱われているかは人によって異なるのです。
たとえば、
ベテランの作家さんなどであれば、思考はかなり言語に近い状態、9割くらいは言語されているかもしれないですし、
逆に、試合中のアスリートの思考などは、ほとんど言語化されておらず直感のような形で扱われているでしょう。
言語化された思考は"重い"
そうやって考えてみると、
何か言いたいことがあるのに上手く言えなくてモヤモヤしているという人は、思考の言語化度合いが高いタイプといえます。
思考を言語化するのは悪いことではありません。
なんとな~く考えていることよりも、頭の中でしっかり言葉にして考えた内容は深く刻まれます。
自分の考えを整理したいなら、言語化するべきです。
ただ、高い度合いで言語化された思考はそのぶん"重い"んです。
言語化した思考をどこにも出さずにしまっておくと、中途半端に言葉にしたばかりに、
かえって行き場を失くした思考がどんどん溜まってズッシリと重くなり、時には他の考えの邪魔にもなってきます。
それが、モヤモヤの正体です。
僕も中学高校の多感な時期に、溜まり続ける思考に悩まされていました。
そして形にする方法をなかなか上手く見つけることができなかった。
そうだ、この気持ちを曲にしよう
中学生・高校生の頃の僕は
このうまく形にできない考えを曲にしようと思ってました。マジです。
This is 若気の至りといった感じですが、
楽器をやっていた僕にとってはこれしかないと当時は思っていたのです。
人間の視野って意外と狭い。
あ、結果は無理でした。曲作るのってムズいよ…。
そもそも考えを形にするという目的で、「作曲」というのはどう考えても遠回りですね。
作曲自体には今でも興味があって出来るようにはなりたいんですが、方法としては合ってなかった。
しかし、人間の視野というのは意外と狭いもの。なかなかいい方法を見つけられません。
そうだ、作曲が無理なら小説を書こう
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曲を書くのって難しいなぁと思った僕は、何を血迷ったのか
小説を書いて、登場人物に言わせればいいのでは…?
というクレイジーアイディアに行き着きました。本当に何を考えてんだこいつは。肉食動物並の視野の狭さです。
あ、もちろん上手くいきませんでした。話を考えたりはしてみたんですが、小説を書ききるのって尋常じゃないくらい難しい。
もちろん、作曲や小説が自分の考えを表現するのに最適だという人もいるとは思います。
しかし、なかなか普通の人では難しい。なかなかいい方法が見つかりません。
僕のように血迷っていろいろ試すこともなく、なんとなくモヤモヤしている人も多いでしょう。
じゃあ、ブログ書こう
曲も小説も書けないけど、思考を形にしたい!という人は
もうブログ書きましょう。
僕は人に言われてブログを始めたんですが、やっていくうちに
これが思考を形にする手段として、最も手軽で効果的なものだと気づきました。
思考を形にするだけなら日記でもいいんですが、たぶんブログの方がいいです。
一人でこっそりやっていたら、その思考をまた抱え込んでしまう。
誰か他人に伝える、読ませる形で言葉にする方がスッキリするはずです。
他人から反応があることで自己承認欲求が満たされ、ただ抱え込んでいただけの思考を価値のあるものとして見れるようになります。
しかも上手いことやりゃ金になるかもしれない。おかげで飽きずに続いてます。
思考を言語化するのは悪いことじゃありません。
あなたの考えも、僕の考えも、言葉という形にすればきっと価値がある。
ただ抱え込んでモヤモヤしているのはもったいない。
ブログという形で発信してみるのは悪い選択じゃないはずです。
言いたいこと言おう。